「バタさんが大ケガ?!」
任務中にノルフェインの竜人達との抗争に巻き込まれ、流れ弾を食らったとのことだ。
「アハハ…!なっさけねえや。」
バタさんはベットの上でそう呟く。
「うわぁーん命があって良かったよーバタさ〜ん!」
「シャー!」
エナとガドラはバタさんに飛びつきわんわん泣く。両者共に思いっきりしっぽを振って。
「いててて!エナちゃん!うれしーけどまだキズが痛むから…!」
「アハハごめんなさい!」
微笑ましい光景を眺めながら…ウスイはとりあえず笑みを浮かべた。しかし昨日の話を二人に伝えられぬままであった。
バタさんの命に別状がなくてよかった…それは心の底から思った事だ。しかし、しばらくは怪我の治療に専念しなければならないらしい。アイツ…わざと自分の弟が危険な目に遭うように仕向けたな。バリラドは俺たちの上司だ。業務内容を管理している立場でもあるからその可能性はある。
病室の外で思い悩んでいるとエナがやってきた。
「どうしたのキリちゃん。なんだか元気なさそうだけど…?」
「シャー?」
「…いやなんでもない。バタさんが無事でほっとしてしまって。…それで気が抜けただけだ。」
「ふーん。まあそういうことにしておくよ。…あっやばクソ親父から連絡入ってた!面倒だけど早いとこ折り返しの連絡入れないとうるさいんだよね。」
数分後、エナは怒り心頭でこちらに戻ってきた。…何となく内容の察しはついた。
「あのクソジジイ!何よ何よ勝手に結婚の取り決めなんてしちゃって!しかも相手はあのクソ野郎じゃん!」
クソ親父がクソジジイにランクアップしている…罵倒だからランクダウン…?そんなことより、バリラドの話していたことは事実だったようだ。いやもっと事態は深刻だ…正式な結婚までやる気か。
「クソっ!クソっ!クソっ!」
エナは壁に当たり散らしてヒビを入れた。
「あたしに…あたしに自由はないの?」
「シャー…。」
エナは泣き崩れてしまった。俺はただ慰めることしか出来なかった。
どうする…?アイツはバタさんが不在のうちにエナを手に入れる気だ、どうすればいい…!
外に出てひたすら歩き回った。とにかく何か策を考えなければ。
…何もいい案は思いつかない。いや一つだけ浮かんだ…浮かんでしまった。
雨が…降ってきた。大きな雨粒はウスイの身をあっという間に覆った。ずぶ濡れの自分がガラスに映る。
なぁウスイ?もうやるしかないよなァ…
ここはユースティア
―――
いよいよ数日後にエナとバリラドが結婚する。エナは最後の抵抗として部屋に閉じこもって出てこないそうだ。
「…まさかお前からお呼び出しがかかるとはなキリヤ。」
「そうですね。」
「……もしかしてそんなにあの日のことが忘れられなかったか?」
「いえ…しかし貴方がエナと…結婚してしまうと聞いて…。」
「いてもたってもいられなかった!」
無防備なバリラドの背後にウスイは何かを突き刺した。
「?!なっ…てってめぇ!」
バリラドはすぐさま振り向き、ウスイを切りつけた。鮮血が飛び散る。この程度で怯んでなるものか…次なる刃を、懐に入れていた短剣を構える。狭い部屋で距離をとり、センスオーラで気配を隠し奴の隙を伺う。
普通の刃物を突き刺したくらいで、魔族が死ぬわけないが。
「…キリヤ!気配を消したところでお前の血で台無しだぜ。」
バリラドはウスイの流れる血を追う。
…その滴る自身の血の気配さえ操れるのが俺のセンスオーラだ。血の気配のタイミングをずらし、次の一撃を食らわす。狭い室内でひたすら刃物と刃物がぶつかる攻防戦が繰り広げられた。しかし通常なら魔族のバリラドが有利な戦いだ。
…バリラドの動きが鈍くなってきた。これなら容易く攻撃を当てることが出来る。
「な…んだ?」
「…ようやく気づいたか?」
とうとうバリラドは膝をついてしまった。
「…ま……さ…か。」
俺が最初奴に突き刺したのは、かつての旅仲間が生み出した毒魔法の込められた針だ。すぐ抜けば軽傷の毒ですむだろうが、魔族として慢心しきった奴はこちらを仕留めることばかりに気を取られていた。これだけの時間突き刺さっていれば毒も回る。
こうなればもうこっちのものだ。
「どうだ虐げられる側になる気持ちは?…ハハハ!!」
あの日と立場が変わった両者。その場はただウスイの笑い声だけが静かに響いていた。
全てを終え、かつてバリラドだった肉塊から目線を外した。その代わり自身を映した鏡が目に入った。…とてもおぞましい姿だ。コレと俺…果たしてどっちが化け物だったのだろうか?
昔人を殺してしまった時、言葉にできない気味の悪い何かに心が押し潰された。あの時情報屋の仲間たちはお前のせいじゃない、運が悪かっただけと何度も慰めてくれた。それでも犯した罪に苦しめられた。だから殺すという行為を避けてきた。…俺はちっとも優しい人間なんかじゃない!自分の心が傷つくのが嫌だったから避けてきただけだ…。
だが今はどうだ?バリラドを殺した、殺してしまった!心の思うがまま身勝手に!でも…でも最っ高の気分だ!!
力があれば守りたいものを守れる。力があれば成し遂げたいこともできる。そうだ…力があればいい。御託をいくら述べたところで最後は力が勝つ。
「オオゾラさん…俺は貴方の理想とする英雄にはなれないみたいです。虫をも殺せぬヨツキはもういないのです。」
「ユースティアは力こそが正義だ。」
翌日無惨に殺されたバリラドの死体が発見され、エナの結婚話は白紙となった。…犯人は誰か?しかしあまりにも候補が多く、絞ることは出来そうにない。まあ死人に口なし、負けたものに語る権利はない。
エナは久々に表に出た。もちろんクソジジイたちからバリラドの死を聞かされている。クソジジイは少し残念そうだったが。
最初はよっしゃあ!ざまあクソ野郎!クソ親父!クソジジイ!と言いたい気持ちになったが流石に不謹慎だし、それに犯人は一体…?
「…そうか、兄貴が殺されちまったか。あーあ…まああれだけのことをしていたからなあ。さんざん恨みはかってるだろうし、仕方ねえや…この世界じゃよくあるこった。」
バタラドは遠い目をして呟く。バタさんが実の兄貴を殺したという線はもちろんなさそう。だってまだ怪我が癒えていないもの。
「エナちゃんと結婚するって聞いて激昂した兄貴の元カノたちかもしれないな!キィィィ私たちを捨てる気かー!ってな感じで。」
「ちょっ…それだとあたしも危ないじゃん!」
「シャー!」
「バタさん差し入れもってきましたよ。」
「うわっびっくりした何だキリちゃんか!」
「ほんとびっくり!!あたしを殺しに来たクソ野郎の元カノかと。」
「…も元カノ?!一体なんの話?とにかくこれバタさんの好きなやつですよ。」
「おっ!あの店のマドレーヌ!これ高かったんじゃないの?」
「…まあそれなりに。」
ついうっかり気配を消したままやってきたウスイに両者は驚きつつも、差し入れの高級マドレーヌを頂く。
「…ん?あれキリちゃんどうしたのその包帯?」
「…ああこれ任務で流れ弾を食らってハハハ。」
「もうっみんな流れ弾食らってる!気をつけてよね。」
「次食らうのはエナかもしれないぞ!」
「えっヤダ不吉なこと言わないでよー!まさか元カノ来ちゃう?!これ元カノの流れ弾食らう流れ?!」
室内にいつも通りの笑い声が響いた。そうだこれで…これで良かったんだ。
俺はVICEに復讐を誓い、この手を血で染める者。そうあの日誓った以上、いずれ彼女達を手にかける日も来るのかもしれない。…それでも今は…今だけはこの時間を楽しもう。
ここはユースティア 力がものをいう世界なのだから。
『EnD』